【どっちが安心?】大企業と単独経営。老人ホーム運営の実際 ≪ シリーズ③ ≫
-老人ホーム月額費用の真実- ≪ シリーズ③ ≫
≪ シリーズ① ≫は利用者側から、≪ シリーズ② ≫では介護事業者の視点でお伝えしました。今回は、利用者が入居してから最も困ることについて解説します。
「もう看きれませんから、出ていってください」
この心配を「運営規模」で考えてみましょう。
老人ホームは命を預かっている
前回でも記した通り、介護付き有料老人ホームの経営は「薄利多売」が基本となります。それでは、1施設あたりの定員数は何人が適正でしょうか。
思考実験してみましょう。定員1人のホームがあるとします。24時間365日の介護をするには、どれぐらいのスタッフが必要でしょうか。
・直接処遇員
介護スタッフ6人
看護スタッフ2人(機能訓練兼務)
・その他
ホーム長1人
ケアマネジャー1人
生活相談員1人
キッチンスタッフ3人
計14人が最低限必要になります。これだけのスタッフが揃えば、理論上は24人までの入居者を受け入れることができます。ここが境界になります。
しかし、老人ホームは逝去による退去が付き物です。ギリギリで運営すれば、入居者1人あたりのインパクトが大きすぎて、不安定な経営になってしまいます。
それでは定員数を24人より可能な限り増やせばよいのでしょうか。答えは、ノーです。
介護に携わったことがある人であれば、すぐにピンとくるでしょう。介護スタッフのキャパシティとして、利用者(入居者)1人ひとりの特性・ケア方法を覚えるには限界があるということです。
定員数が多すぎれば逝去による退去も多くなり、頻繁に入退去を繰り返すことになります。当然、現場は疲弊していきます。不満が募り、離職する原因にもなってしまいます。
ホーム長やケアマネジャーは、さらに家族とのコミュニケーションがあります。もっと言えば、ホーム長は就寝のときにも枕元に携帯電話を置き、夜間救急搬送などのときには必要に応じて駆けつけます。
チームを分ける、当番制にする、居室担当性にするなど、様々な工夫をしていますが「命を預かる」には限界があるのです。
これらのことから、スタッフが安定し利益も出すとなれば、「定員60人前後で平均介護度2〜3程度」が健全運営できる目安と言えます。
科学的介護ICT技術は介護を救うか?
それでは、多施設と単独経営のどちらがよいのでしょうか。
こんなエピソードがあります。
昼食も終わり共有リビングも落ち着いていました。穏やかな昼下がりです。1人の入居者が散歩したいと言いました。それを聞いた介護スタッフは、2〜3人の入居者なら他の介護スタッフと連携すればホームの周りを10分程度なら散歩できると考えました。
介護リーダーに相談したところ「事前にレクリエーションの用紙に記入して、提出してください」
介護情報システムを独自で構築し、全施設に導入している大規模運営事業者。安定経営と介護技術が共有されますが、そこにはリスク回避技術も含まれるのです。
民間企業の常と言ってもよいでしょう。組織は大きくなればなるほど、硬直化していきます。果たして、老人ホームという「生活環境」にそれは馴染むのでしょうか。
2021年4月の介護報酬改定では、科学的介護情報システム(LIFE)が導入されます。軌道に乗るかは今後の推移を待たなくてはなりません。ひとつ言えることは、これは「PDCAサイクル」の発想です。最初の頃は上手く活用できても、先程の例に挙げたいわゆる「企業病」にならないかを気をつけて運用する必要があります。
なぜならば、単独や小規模運営の良さは「OODAループ」で発揮されることが多いからです。
訴訟リスクがある業態
仮に60人定員のホームを100施設運営しているとしましょう。入居率95%ならば5700人の命を預かっていることになります。
そして生活の場であるホームでは、何らか事故が必ずあります。常時1対1の介護ではありませんし、ヒューマンエラーも原理的にゼロにはなりません。
理解を示す家族もいれば、「もう看きれない」と言われることを恐れて沈黙する家族もいます。大切な人を傷つけてられたとして「訴えてやる!」という人もあらわれる訳です。
大規模な経営を展開していれば、訴訟案件は表に出ないだけで抱えるものです。是非を言っているのではありません。企業のトップである社長が、その重圧にどれだけ耐えられるのかということです。
このことからも「20施設以下」で運営している企業が理想的です。
『介護評論』